HSPこじらせモグズライフ

20歳頃アーロン博士の本と出会い、HSPを自覚して心が軽くなったものの、非HSPになりたがりでこじらせてしまっているアラフォーの雑記ブログ。

決別宣言した週

※この記事は約2,500文字です。

 

誓いを破るつもりはないので

 

私の中では決別の最高段階は別居ということになります。

 

別居が持ち上がることはDVの度にこれまでもあったのですが🤭

 

こちらは前向きでありたいと許す方向になりますし

 

あちらは直後は優しくなったりモラハラ一時的におさまり

 

別居しない方向へ行くことになります。

 

こちらもモラハラ回避に努めるので、

少しずつ改善している、

少しずつわかってくれている、

という感覚になります。

 

が、

どれくらい平穏でいられるか

 

感覚で1週間くらい。

 

お互いに人間はすぐには変われないです。

 

自分のために変わろう!という強く動かす力が生まれないと。

 

相手のため、2人のためだと感情の波もあるし

相手次第でぶれちゃいます。

 

(一時的なのに)仲良くできているからいいか

って。

 

これを書いているのは、その1週目。

 

夫さんは自分でできることをしてくれています。

 

距離を保ちながら(コロナだからじゃないです。)

親切にしてくれています。

 

心の奥底は変わらず警戒モードだけど

親切にしてくれているのに距離とって悪いなあとか

本当は仲良くしたいとか

緩んできます。

 

これではまた同じことのくりかえしだ!

と言い聞かせています。

(毎回のことだけど)

 

またまた感覚ですが

夫さんが親切な週と妻さんの許す週が進んでいくと

少しずつ夫さんの愚痴・不満が増えていき

その後、それが妻さんに溜まっていき、

軽く訴えるが、効果なく、

ますます夫さんの愚痴・不満が増えていき

その後、ますますそれが妻さんに溜まっていき、

軽く訴えるが、効果なく、

重く訴える、決別しかない

というループです。

 

今回の決別の意味は

戻りたいからというのはナシにしました。

 

本音は知らないけど、夫さんは"勝手に出て行くのだから勝手にどうぞ"で

彼の中に出るも戻るもないからです。

妻さんの独りよがりなんです。

夫さんにとって問題ではないので

問題の共有ができていないんです。

妻さんが困っていても夫さんが問題ないっていうのは

夫婦の問題になっていない

ので夫婦では解決できない

完全に妻さんの問題になっているんです。

夫さんがどうもしないなら妻さんがどうするかしかないです。

今までは理想的に夫婦の問題って夫さんに話してきたけれど

夫婦として考えていないのに不毛でした。

 

激しいシーソーに座っていられなくなった。

 

なので、決別って

シーソーから降りるってことだから

 

その先は

 

相手が降りてくるか

 

自分がまた同じ相手が乗っているシーソーに乗り直す(戻る)か

 

ってことになります。

 

だから、自分は戻らないことにしました。

 

乗り続けられないから降りるわけで。

 

乗り直すというのは

そのままでいいってことになる。

 

だから、戻りたいは

相手が降りてきて

2人でシーソーを乗り直すまでは

ナシ

 

夫さんの不満に応じてきたけど

不満がなくならないし要求がエスカレートして

応じれなくなってしまった

 

相手の話を聞いているのだから相手にも同じように求めてしまって

自分のことを聞いて欲しいという気持ちで

それが満たされず相手のことも考えられなくなってしまった

 

わたしも降り始めたばかりなので…

またシーソーに戻るかもしれないけれど

 

一時的優しさにだまされるなんて

わたしも相手のことよくわかっていないってことだし

自分だって問題よりも楽な方へ寄ってるってことだよね

 

内部告発できない社員みたい

 

そこまでおおごとじゃないかもしれないけど。

 

不満はスルーするに限りますね。

どうしようもないこともたくさんあるけれど。

 

お互いに自助努力からですね。

 

現実的には経済的な問題もあります。

 

家計のためにセーブしてきた仕事も

独りよがりで

"誰のおかげで"って言われることに

自己肯定が難しくなっていったし

 

コロナ禍のしょうがない失業でもそうでした。

 

家族で協力して

っていうのの価値が見えない夫さん

 

夫さんのためにしている自分を夫さんに否定されることで

本当に意味あることをしている自分を自分も肯定できなくなっていました。

 

派遣切りも同じダメージがあって

コロナどころじゃなく

癒やすどころじゃなく

とにかくどこかで働くしかなかった。

さまざまな補償の対象外でしたし。

 

で、家のためにも会社のためにも兼業(パート)で働いてみて思ったのは

切られるくらい足りない存在、

補償されない働きなんだなって。

貢献が認められない立場なんだなって。

 

派遣切りの時は会社自体に切られたというよりは

不景気に切られたんですけど、

それでも社会的には切られやすいところにはいたんですよね。

 

そんな日本社会で

同じような家庭社会

 

家庭の中では一員として認めてもらいたかったなあというのが本音ですが

人を変えることはできないのでしょうがないですね。

それは悲しいかな実家家族でもそうだったので

学校を卒業してすぐ家を出たのでした。

 

親戚の圧力で家を建てさせられて家のために働いてきたおばさんのことを

最近知りました。

てっきり建てたくて建てて

一生懸命、家(のローンや維持費)のために働いているのだとばかり

思っていました。

苦労できるのも大変だしできれば避けたいけど立派です。

もうご高齢で親戚の方は亡くなられていると思いますが、

家は娘と孫のために残すそうです。

 

人生・結婚・家族・親戚ってそんなものなのかも

って自分を重ね合わせました。

 

コロナ禍でいまさら見えてきた現実、

おばさんみたいに強くないけれど

家族に理想や目標は捨てて

 

今はアフターコロナに扶養から外れるチャンスをつかむまで

目の前にある仕事を少しずつ増やしています。

 

コロナも経済も取り巻く環境もいつどうなるかわからないから

我慢です。

 

 

一週間前

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