HSPこじらせモグズライフ

20歳頃アーロン博士の本と出会い、HSPを自覚して心が軽くなったものの、非HSPになりたがりでこじらせてしまっているアラフォーの雑記ブログ。

HSPというID

物心ついた頃から怖がりの mogさんです。

 

HSPという概念について

読みました。

「HSP(繊細さん)」が共感を得る理由 なぜわたしたちは「生きづらさ」に名前をつけるのか(西多昌規) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

よく言われていることではあるけれど

 

ウツと言われたい患者さん

 

とか。

 

HSPという概念のメリットとは?

 

  • 生きづらさの原因が何なのか?名前をつけてわかりやすくすることで不安が減ること

 

  • 名前がつくことで共感が得られやすいこと

 

私にとってはアーロン博士が私のような気質の人の特性を見つけてくれた

(おかしいわけではない、病気ではない、悪いわけではない)

わかってくれている人がいた

という感覚でホッとしましたので

名前にするというのはそういう効能があるのだなあと思いました。

 

対外的にはまだまだ変わりないという実感です。

 

マイノリティなのとHSPさんのほとんどはアピールするタイプではないというのは

 

HSPという名前が流行っても変わらないのではないかと思います。

 

10年以上も前、

自分のことをわかってもらいたくてHSPについて深く考えた後

思い切って親に話してみましたが、軽くスルーされて

HSPについてインターネットで情報が増えてきた今も

周りから理解が得られるものでもないかなという感触です。

 

HSPの概念のデメリットとしては

 

  • 周りのせいにすること

 

ということでした。

 

たしかにとも思うし、なんか違うと思うところもあります。

 

極端ではありますが、

鈍感で気づかなければ、

スルースキルが高ければ

知らなければ

許されやすいけれど

 

敏感で気づきやすければ

受け止めやすければ

知っていたら

責任を問われることが多いです。

 

当然に期待されることが重くなりがちです。

 

そして、

繊細な人は理解力があり、気づく分、

鈍感になって適応力を身につけることが求められますが、

鈍感な人自身は気づかないからわからないし、

気づいてもスルーできるし、

しょうがないとありのままでいられることもあるわけです。

 

ほんと、しょうがないのだけど

理解力や適応力が繊細な人にあったとしても

その分、ありのままではなくするための労力がかかるので、

そういう人がいるんだよということで

繊細さが搾取されない環境を求めることを良しとするのは

鈍感な人がある程度ありのままで許されることと

平等だと思うのです。

 

それぞれの幸せがあって、

HSPさんが幸せであってほしいと思うと同時に

そうではない人の幸せは気にしなくていいとは思わないので、

どう共生していくのかバランスは難しそうだけど、

どうして〇〇じゃないのか?とそれぞれの感覚もあるけれど、

それぞれのありのままもある程度そうだよねって

思えたらいいなと思ったのでした。