HSPこじらせモグズライフ

20歳頃アーロン博士の本と出会い、HSPを自覚して心が軽くなったものの、非HSPになりたがりでこじらせてしまっているアラフォーの雑記ブログ。

私に親切にしてくれる人

私に親切にしてくれる人はいます。

 

私は被害妄想があるのか

僻み(ひがみ)なのか

疎外感なのか

 

ある程度元気な人はわかってくれない、

ある程度元気な人はなんで助けてくれないんだろう?

なんて

ブラックな気持ちも自分の中にあります。

 

きっと何かしら助けてもらっているであろうに。。。

 

嫌な子ですね。

 

ふと最近自分に親切にしてくれる人について

考えてみました。

 

してくれないなんて

要求的で

非生産的なこと

つい考えがちなのですが、

 

最近親切にしてくれる人

私が親切を受け取れる人

のことを考えていたら、

 

あれ?

 

その人自身、不器用だったり、

心身のどこか満たされないでいたり

する人だなあ

 

と。

 

よくよく考えるとすごいなあって思いました。

 

私だったら、自分でいっぱいいっぱいだし、

余裕ある人に気にかけてもらいたいと思うのだけど、

その人たちは自分が大変な中、

私のために自分から何かしようとしてくれているんです。

私が何が必要か何がほしいかとかは関係なく。

そういうのが親切なのかもしれないと

思ったのでした。

要らぬおせっかいとも受け取りがちなことではあるのだけど

ふと自分が大変な時に誰かを思って何かをするって

素敵だなあと。

 

そして、してくれないって私がイメージしている人は、

器用で自己完結できているような人。

余裕があると思えている人なんです。

自分が余裕がある時に他の人のためにしようと思っているので

他の人にもそれを求めているのかもしれないですね。

器用な人には自分の不器用さをカバーしてもらいたいと思ったり

(気づかぬうちに見返りを期待しているのかも)

お世話になっているからと思って

自分ができる時には何か(お返し)したいなと

必死になっているのかもしれないと思いました。

余裕あるのに助けてくれないなんてずるいとか。

それで、

してもらえない

って勝手に不満持っていそう😢

 

自分が大変な時にこそ、自分のことばかりにならないようにして、

何が必要かはわからなくても誰かを思って自分にできる些細な何かをすることで

誰かと繋がろうとするのって

何がどうとかではなくて幸せなのかもしれない。

 

不器用なので、不器用な人と助け合うのは難しいとと思っていたし、

器用な人の助けが必要と思っていたのだけど、

不器用と言っていいのかわからないけれど、

不器用同士も助け合えたらいいな

と思ったのでした。

 

不器用とか器用とか関係なく助け合えるに越したことはないですけどね。