HSPこじらせモグズライフ

20歳頃アーロン博士の本と出会い、HSPを自覚して心が軽くなったものの、非HSPになりたがりでこじらせてしまっているアラフォーの雑記ブログ。

人間関係は面倒なほうがいい?

こんにちは。

人間関係は下手なmogさんです。

 

くらーい、ブラックなお話から始まります。

閉じるなら今です。

 

あ、でも、記事中のリンクはテーマを考えさせられたきっかけ

マリベルさんの記事なので

よかったらご参考になさってくださいね。

 

これ

年をとってから大事なのは「足」と「○○」だそうな。 - 繊細さんが、今日も行く

 

では。

 

※この記事は約2,100文字です。

 

幼い頃から仲間に入れてもらえなかったり

友達の板挟みになったあげく省かれたり

仲間に入ってもずっといられず…

幼い頃、一人留守番させられたり、

手を繋ごうとしたら親に手を払われたり、

天性のもの???

今思い返すと友達がいない時期も結構ありました。

友達がいた時が宝物すぎて

忘れているというか

"友達がいない"ってはっきり自覚したくないんだと思います。

自分の年齢も数えないとわからないほど、

普段は忘れています。

書いていて辛さが襲ってきて涙が溢れてしまいます。

フラットな自分は一人でマイペース歓迎で

友達のことを考えない時は穏やかだったりします。

ブログでのつながりもあるからなのかもしれません。

厄介なことに家族もその辛さの対象なことも多く、

持病なのかもしれません。

私には人間関係ないのがいいんじゃないかな

時々は連絡をとっていた友達ともほとんど連絡を取らなくなりました。

それではいけない、と久々に連絡取り合うも闇話になり、

自己嫌悪。

口は災いの元

というか、こういうの半年一か年一くらいじゃないと

耐えられないと思ってしまいました。

パンデミックが落ち着いて

一緒に出かけたり、一緒にご飯食べたりしたい。

ニュースも偏っているし、小さな世界で引きこもって、

話すことで明るくなることってアフターパンデミックの話くらいで、

それも何回もしていると

まだ?と不満になってしまう。

なので、アフターパンデミックまでは、

リアルじゃなくても滅多に会うものではないmogさんでした。

 

最近の人間関係は自粛下で直接会うことはほぼないですが、

ビデオ通話やメッセージ、プレゼントのやりとり、

オンラインミーティングイベントがあります。

自粛していても人間関係ってなくならないものですね。

リアルでもオンラインでもそれぞれ独特の空気や

ストレスがあります。

両方ともmogさんにとっては気を張ったり、

そこにいる自分に耐えたり、"努力"していて

疲れてしまいます。

ここ最近は調子を崩したので、参加しなければならないもの中心にしていましたが、

その中身がヘビーすぎて参加後にボロボロになっていました。

やってみたら

心配するほどではなくむしろ楽しかった

ということは若い頃よりありません。

経験上、ある程度予測が立って、悲しいかな、

予測が当たって、やっぱり残念、なことが多いです。

避けられないことなので、

その後、一生懸命自分をなだめるしかないですね。

 

家族となると"お付き合い"というものもあります。

 

家族や近しい人がわかってくれたら安心して付き合えるんだと思います。

逆サイドが普通なので、

わかってもらえるどころか

"当たり前でしょ、これくらいなら大丈夫でしょ"

となって、結局無理させられてしまいます。

 

ということで、長くなってしまいました、

前置き、ブラックmogさんの愚痴。

 

人間関係の限界が低いので、

できるだけ減らしてきたのです。

アラサーまでは限界を越えたい、鍛えたいと

がんばってきたのですけど

逆にボロボロ、弱くなってしまったので。

ただ、減らしても、強くはなりません。

ますますハードルが上がっている部分もあります。

でも、しょうがない。

でも、アフターパンデミックにはさらに求められてしまう…。

 

と思っていたら

マリベルさんのこの記事を読んで

年をとってから大事なのは「足」と「○○」だそうな。 - 繊細さんが、今日も行く

 

面倒な人間関係の必要性について考えさせられたのでした。

 

面倒であることによって脳の運動になるのかな?って。

 

私、弱いですが、長生きすると思っていて、

認知症は大きな問題と感じています。

 

人は楽に流れるし、それを追求していそうな中、

"あえて"

面倒なことを選ぶことで脳を使わなければならないのではないかと。

 

歳を取れば取るほど面倒なことをする力がなくなる中、

し続けている人は脳の機能を保てるのではないかと。

 

その複雑で面倒なものの最たるものかもしれません、人間関係って。

 

"はりあい"

みたいな。

 

ためになる人間関係ではなくて

(面倒な)人間関係自体がためになる

 

と考えることもできるのかなと。

 

こんなボロボロなmogさんにこれ以上何ができるのやら

という現状ではありますが、

面倒でも人間関係なんとかやってかなくては、

自分の最期まである人間関係は貴重なもの、

と少し前向きになったのでした。

 

頑張り過ぎなくていいし、

相手も自分も面倒でもいいのかもしれませんね。